富山が誇るきときと漁師&料理人 アマエビ

標準和名は「ホッコクアカエビ」。年間を通して水温の低い水深約200mから500mに生息し、主に底びき網漁やかごなわ漁で捕獲されています。ルビーのように赤い鮮やかな殻をむくと現れるうすいピンク色の透きとおった身は、とろけるような甘みが特徴。食べ方は刺身が一般的。地元では、天ぷらや醬油漬けにして食べるところもあります。また、身の中の青い卵でつくる塩辛は絶品です。

漁師 松本隆司

高校生の頃に訪れた、家族の悲しすぎる不幸。
それによって早まった、漁師への道

深夜11時過ぎ、軽トラックが新湊の乗船場に着く。降りてきたのは松本隆司さん、50歳。松宝丸の船長だ。長身痩躯で上下黒の服をまとったその姿は、まるでスタントマンのようにも見える。
出港は11時35分。この日、松宝丸はここから翌日お昼前まで計4回の底びき網漁を行ったのだが、最初の漁場には20分ほどで到着した。そこから網を下ろし始めしばらくすると…、早くも松本さんと話す時間に恵まれた。
まずは、漁師になったきっかけから聞いてみた。
「祖父も父も漁師だったんですよ。でも私が高校生だった頃、兄が他界してしまい…。私も滑川の県立水産高校(当時)に通ってましたので“いつかは漁師”という思いはあったものの、兄の死によって時期が早まりました。高校も中退してしまったわけですから」
松宝丸の船長室でコーヒーを飲みながら、松本さんは「そんなこともあったなあ…」という表情で、過去を振り返ってくれた。

底びき網漁に必要なのは、様々な要素や条件をインプットし、
総合的に判断する力。

船長室は、計器類が充実している。GPSによる海図や魚群探査機、風向や風速の測定器など、まるでコックピットのようだ。この設備に関し松本さんに伺ってみた。
「確かに機械類は重要です。これによって、その日の漁の目星をつけることができる。でもあくまで“目星”に過ぎないんですよ。たとえば風の向きや強さについてですが、機械が示す数値と実際に自分で甲板に立って感じるものとでは、全く異なることがある。機械が壊れているわけでも精度が低いわけでもないんですけどね。機械に頼り過ぎるなと、祖父と父から強く言われました」
その表情からは、教えを反芻するかのように、自分をしっかり戒めようという思いが見える。そして松本さんに、甘エビを含めた底びき網漁の難しさについて聞いてみた。
「底びき網漁はとにかく“狙った場所に網を落とせるかどうか”が最大のポイントです。特に重要なのが水深。どの深さに網を落とすかによって、獲れる魚種が全く異なってくるからです。そこでその日の天候や温度、風、潮の流れを含めた海面の様子などをインプットし、慎重に網を落とします。もちろん落として終わりではなく、網が海中のどこかに引っかかっていないかなどにも注意し、網と船をつなぐひき網の角度を何度も調整しながら、網をひいていくわけです。その方法も、全て祖父と父から教わりました」
漁を終え引き上げた網への泥の付き具合一つからも、狙った場所、深さに網が落とせていたかどうかが分かるらしい。またひき網の角度調整は、船の進行方向を調整するという点でも意味があるという。 底びき網漁に求められるのは、総合判断する力であることを改めて感じた。

食べ比べればハッキリ分かる
富山の魚のうまさと質。

こんなにも難しい底びき網漁だけに、大漁だった時の喜びは、何年も漁師をやってきた今でも格別という松本さん。富山の甘エビのうまさについて伺ってみた。
「実はね、富山の甘エビと他の地域の甘エビを同時に食べ比べてみたことがあるんですよ。他の地域の甘エビも、決してまずいというわけではありません。でも富山の甘エビと比べると、味が無いというか薄いというか…、違いに愕然としてしまいました。
甘エビを含めた富山の魚が美味しいのは、やっぱり天然の生け簀と言われる富山湾のおかげだと思います。立山から栄養たっぷりの伏流水が流れ込んだり、暖流と海洋深層水が層をつくっていたり、餌となるプランクトンが豊富に存在している。日本海の激しい荒波を乗り越えて富山湾にやってきた運動量豊富な魚が、質の高い食事をたっぷりとるわけです。うまくないわけがありません」
松本さんは胸を張った。

「これだけは言いたい」という松本さんが
最後に私たちにくれたもの。

無事に帰港し、取材も終え帰ろうとしている私たちを、松本さんが呼び止めた。
「さっき富山の甘エビが一番って言ったけど、自分としては新湊の甘エビが一番だって思ってる。新湊は昼セリもやっていて、それに合わせ船が入ってくる。セリにかけられた甘エビはその日の夕方にはスーパーやお店に並んでる。とにかく鮮度抜群だから。これ、持って帰って食べてみてほしい。自分の言葉が嘘じゃないってこと分かるはずだよ」
松本さんから手渡されたビニール袋には、さっき獲れたばかりの甘エビが大量に入っていた。
驚きと嬉しさに、しばしフリーズ。究極の産直グルメだった。

料理人 東海慶太

冠婚葬祭に、甘エビを多用

「オークス物流センター」には、主に冠婚葬祭の料理を調理して各セレモニーホールに届けるセントラルキッチンがある。
「富山湾で水揚げされた甘エビは、日常的によく使います。刺身にすることが多く、オンラインで販売しているスープカレーにも用いていますね。富山は甘エビの生息地と漁港が近いので、鮮度を保ったままお届けできるのが、いいところだと思います」
そう話す東海慶太さんは、同センターで腕をふるう和食の料理人だ。専門学校を卒業後、新卒で同センターに入社し、現在27歳。これまでには冠婚葬祭だけでなく、ゴルフ場、ホテルのレストランに提供するための料理なども担当してきた。さまざまな経験を積み重ねた成果、富山県調理師会が主催した「令和2年度富山県料理技能展示コンクール」において、東海さんは富山県知事賞を手にした。

甘エビと昆布、富山の最強コンビ

「甘エビは、食感はもちろんのこと、甘みがいいんです。個人的には昆布締めにして甘みを出すのが好きですね。少し寝かせた方が甘みが引き立つと思っています」
そう話す東海さんが考案した料理は、「甘エビの卵豆腐の野菜添え」である。
その言葉どおり、卵豆腐の上には軽く昆布で締めた甘エビがのっている。昆布の旨みが染み込み、奥深い味わいを存分に楽しめる逸品だ。また、甘エビの殻からとった出汁で作った卵豆腐は、あえて出汁の量を少なくすることで、重みによって崩れない硬さに。その横には殻の素揚げも。甘エビを余すことなく使い尽くしていることもコンセプトのひとつだ。
さらには、卵豆腐に野菜を添えたのは、「いろいろな食材を楽しんでもらいたい」という思いも込められている。卵豆腐のぷるんとした食感、甘エビのねっとりとした食感、野菜のシャキシャキ食感、さまざまな口当たりを一度に楽しめるのも魅力だ。

ジャンルの垣根を超えて、日々勉強

「富山湾には約500種類もの魚がいて、変わった魚が多いんですよ。そのうえ、水産加工業が盛んなのも魅力のひとつ。新鮮だからこそ、加工してもおいしいんです」
東海さんはそう話す。朝早くから仕込みを始めることも多いが「料理が好きですね。この道に入って良かったなと思っています」と笑顔で断言するだけあって、休日に料理の勉強をすることも苦にならないという。洋風や中華などさまざまなジャンルの動画を見て、調理法や素材などの知識を増やすなど、とことん熱心だ。どこまで可能性を広げていくのか、今後も彼から目が離せない。