船と底びき網をつなぐ、2本の曳き網。
その間隔で、網を上げるタイミングを計る。
「そろそろ現場ですよ」
船頭は、取材のため乗船している私たちに優しく声をかけてくれた。魚住達哉さん、56歳。高校卒業後からずっと漁を行っているベテランだ。
この日は夜10時に魚津港を出港し、漁場に着いたのは約1時間後。「現場」という言葉が、耳に新鮮に響く。この瞬間から、深海まで網を下ろす作業が始まる。船上に籠を並べる者などを含め、6人の漁師たちが一斉に動き出す。網を下ろし終わった後は、船を移動させながら1時間半ほど網をひき回す。いつ網を上げるかは、船頭の腹一つだ。魚住さんは何度も何度も海面を見つめ、2本の曳き網の間隔の「狭まり度合い」を確認する。そして、0時40分、魚住さんがついに網の巻き上げを指示した。
「一発勝負なんですよ、私たちは」
と魚住さんは言う。
「自然が相手だから、漁が空振りの日もあります。網がからまって獲れないこともある。けれど私たちの漁は、その日はそれで終わりです。次の挑戦は翌日になってしまう。だからなおさら、一回一回の漁が真剣勝負なんです」
網が上がる。大漁だ。魚住さんをはじめ漁師たち全員が、安堵の表情を見せた。
どんな人にも、どんな魚にも、平等に丁寧に接する
この日の漁は、漁獲のほとんどが甘エビだった。ゲンゲは、網に巻きついて僅かにいる程度だ。
「まだ暑いからですよ。年末から年明けにかけ寒くなっていくと、ゲンゲはどんどん増えていきます。最もゲンゲが獲れるのは春先ですね」
と魚住さんは教えてくれた。
取材全般を通して感じたのは、年下の若い漁師たちに対しても、魚の素人である私たち取材スタッフに対しても、皆平等に、丁寧に対応してくれる魚住さんの人柄だ。誰に対しても、優しい語り口で接してくれる。おそらく魚に対しても、どの魚種が上とか下とかという感覚は持っていないのではなかろうか。ゲンゲだろうが甘エビだろうが、もちろん他の魚種だろうが、自分の網に入ってくれる魚すべてが愛おしいし、慈しみたい。魚住さんは、そういう漁師だと感じた。
ゲンゲはもちろん、
富山湾の魚すべてが、格別
かつては「下の下」とも言われ厄介者扱いされていたゲンゲが、今はコラーゲンたっぷりの健康食品として脚光を浴びている。価格も昔より高くなっている。そんなゲンゲを、魚住さんは普段どんなふうにして食べているのか伺ってみると「シンプルに、醤油汁やおすましとかですかね」という答えが返ってきた。
「富山の魚は、素材が違う。身の締まり方が違うんです。天然の生け簀と言われる富山湾のおかげですかね。私は自分なりにいろんなところの魚を知っているつもりですが、富山の魚は日本一だと思います。日本一美味しいと思います」
魚住さんは胸を張った。
「そんな質の高い富山の魚を扱っているからこそ、私は鮮度にこだわりたいんです」
実際、漁船の中でも鮮度を保ちつつ選別していく作業に注力する漁師たちの姿が印象的だった。富山の魚を扱う者としての、最低限の「礼儀」のように思っているのかもしれない。
魚住さんの口から飛び出た、意外で正直な一言
最後に、漁の途中に飛び出した魚住さんの言葉を紹介しよう。乗船から1時間半ほど経過した夜11時半あたりだっただろうか、魚住さんが
「船酔いしない?大丈夫?」と尋ねてきた。
「なんとか大丈夫です」と答えたところ、魚住さんはポツリと呟いた。
「俺、船酔いするんだよね」
漁師歴35年以上の魚住さんの口から飛び出した、衝撃の一言。
まるで子どものように、ちょっと恥ずかしげにはにかむ魚住さんの姿が、そこにあった。
富山の食材にとことんこだわる
「富山の魚は、日本で一番おいしいと思います。漁場から漁港までの距離が近いので、鮮度の高さがその理由。一度食べたら違いが分かると思いますよ」
そう話すのは、剱岳の玄関口、上市町にある温泉旅館「つるぎ恋月」で料理長を務める廣瀬松樹さん。材料を仕入れ、献立を考え、レシピを作り、朝食・夕食を作る。「みんなと同じ目線で頑張っていきたい」と、約1年前の料理長就任後も仕事内容はあえて変えていない。
魚以外の食材も地元産にこだわり、自ら農家を訪ね、生産者から直接食材を仕入れている。春には自ら採った山菜を使うこともあるそう。
そんな廣瀬さんが、今年から新たに同館の料理で始めたのが、ゲンゲの鍋と唐揚げだ。
「氷見や新湊など漁港によって獲れる魚が異なることも、富山の面白いところ。いろいろな種類の魚を揃えることができます」
と廣瀬さん。ゲンゲももちろん、富山湾で水揚げされたものを使用している。
ゲンゲの味を生かし、美味しそうな見た目に
「ゲンゲは、秋と冬が最高です。身も皮も柔らかいため、正直調理しやすいとは言えませんが、淡白で優しい味わいが魅力です。コラーゲンたっぷりで美肌効果があるといわれているので、女性にも喜んでいただけます」と話す廣瀬さん。そんな彼が考案したのは、鍋や唐揚げをアレンジした「ゲンゲのバケモノ」。ゲンゲを調理で美しく化粧するという意味を込めた料理名である。
お皿の上には、とろりとした食感をサクサクに変えたゲンゲのクスクス、サラダ感覚で楽しめるゲンゲのマリネ風、ゼラチンで寄せて仕上げたプチゲンゲ鍋、イカ墨をつけたゲンゲの上にトマトとクリームチーズと酒盗の和え物をのせて焼き上げた逸品と、4種類の料理が彩り豊かに並ぶ。いずれも淡白な味を最大限に生かしながら、見た目にもこだわった。バラエティに富んだ一皿は、既成概念にとらわれない廣瀬さんならではの料理といえよう。
食への旺盛な好奇心が、原動力
廣瀬さんは高校卒業後、料理の道を歩み始め、今年で料理人歴16年になる。一時期この道から離れたこともあったが、約10年前に縁あって同館に勤めることになったのが、今に至るきっかけだ。
多忙な中の貴重な休日も、家族や友人に料理をふるまったり、おいしいと評判のお店があればジャンルを問わず足を運んだりと、料理に対する好奇心は尽きることがない。「これからは、海外に和食をもっと広めていきたい」と話す廣瀬さん。今後のグローバルな活躍にも期待したい。
※こちらのメニューは、通常提供されておりません。
※つるぎ恋月では、常時マスク及び手袋を着用の上、調理しております。