人と船が「湾チーム」となって。
本当のプロたちによるホタルイカ漁。
午前1時、出港。第七水魚丸と第八水魚丸がホタルイカ漁へと向かう。この日の富山湾は凪いでいて静か。海からポツポツと見える町の灯りが、まるでホタルイカの発光のようだ。
1時20分ごろ、仕掛けておいた定置網の場所に着く。富山湾ならではの漁場の近さだが、ここを含め、この日は計5箇所に設置してある網を手早く引き上げなければならない。朝セリに間に合わせるためにも時間のロスは許されない。
第八水魚丸を基点とし、第七水魚丸が少しずつ回り込み、網を引き上げながらホタルイカを追い込んでいく。漁師たちを見ると、一人一人が自身の行うべきことを黙々とスピーディーにこなしている。その全ての動きには、過剰も不足も無い。「一糸乱れぬ」という言葉がふさわしい、全員による華麗な連携プレー。今回の取材相手である水野勝也さんも、そんな「湾チーム」を構成する漁師の一人だ。
朝方、この日の漁を終えた水野さんとようやく話をすることができた。端正な顔立ちと穏やかな語り口が印象的な、若い漁師だ。
「私は現在34歳ですが、漁師としてはまだ4年目です。もともとトラックの運転手をしていたんですが、SNSを通じて水橋漁民合同組合の漁師募集を目にして応募し、今に至っています。私は野球をやっていたんですけど、チームでプレーすることが好きだったんですよね。みんなで喜びを分かち合うのが嬉しいというか。今は、水橋での漁というチームの一員になれて、本当に幸せだと感じています」
トラック運転手と漁師、全く毛色の違う職と思えるが…。
「もちろん、漁師という仕事は大変です。特に新月の前後などホタルイカの豊漁期はあまり休めず体力的にもきついこともあるし、体が“行きたくない”って悲鳴を上げている日もある。でもそんな時も、心のほうが“さあ行くぞ!”って、私の体を港へと運んでくれるんですよ。“この仕事が好き”ってことなんでしょうね」
キラキラとした目で、水野さんはそう語ってくれた。
富山湾のホタルイカが、
確固たるブランドであり続けるために。
ここでホタルイカ漁について少し説明しておきたい。富山湾では底びき網ではなく定置網でホタルイカ漁が行われているわけだが、主に理由は三つあると考えられる。
一つ目は乱獲を防ぐ、いわばSDGsの観点。底びき網漁だと文字通り「根こそぎ」獲る形になりやすいわけだが、これだと安定供給という点で不安が残る。コンスタントに適正量を届けていくためには、定置網漁のほうがベターと考えられているようだ。
二つ目は「ホタルイカの身を傷つけない」ということ。身が大きく丸々としている富山湾のホタルイカを、できるだけ美しいまま獲りたい。その点でも、網で身を傷つけることが少ない定置網のほうが「ホタルイカにやさしい」と言うことができよう。
そして何より、3つ目は、海岸から急に深くなり「天然のいけす」と言われる富山湾の地形的側面。常願寺川右岸から魚津市までの約15km、沖合から約1.3kmの海域は「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物にも指定されている。この海域こそ、まさにホタルイカの定置網漁にうってつけなのだ。
この日の取材中、捕獲から選別までの全行程を通じ、ホタルイカを「慈しむ」ように扱う漁師たちばかりだと実感することができた。まるで宝物に触れるように丁寧に、心を込めてホタルイカに接する漁師たち。富山湾のホタルイカというブランドは、ホタルイカそのものと、漁法、漁師たち、そして仲買人や料理人など関与する者全てによって支えられている。
富山湾の漁師。その誇りを、つないでいく。
水野さんに、ホタルイカの好みの食べ方を尋ねてみた。
「富山湾のホタルイカは質が高いのでどう食べたって美味しいんですが、私は特に、ホタルイカの刺身を生姜醤油で、食べるのが好きですかね。あと、昆布で締めたホタルイカもいいですね。やっぱり富山県民は、昆布締めでしょ」
良い素材は、できるだけそのまま味わいたいということか。最後に、漁師をしていたという水野さんのお祖父様について伺ってみたところ
「おじいちゃんは、滑川で漁師をしてたんですよ。でも私がまだ子どもだった頃に他界してしまいました。もしおじいちゃんが生きていたら…、漁師をやっている今の自分の姿を見てきっと喜んでくれるだろうなあって、親は言っています」
お祖父様の富山湾の漁師としての誇りは、間違いなく孫の水野さんに、受け継がれている。
毎春、富山湾で水揚げされるホタルイカでおもてなし
富山湾を一望できる癒しと寛ぎの絶景宿、雨晴温泉「磯はなび」。ここでは、旬の食材を生かした会席料理を堪能できる。
同館の三代目料理長を務める松本浩一さんは、高校卒業後、下積みからスタートして、2017年に現在の地位に就いた。毎朝8時に出勤し、翌日から3日後までのスケジュールを立て、各持ち場の仕入れや味付けをチェックするなど全体を指揮するのが、彼の役割だ。
「自分の舌を信用しています。そのためにも、できるだけ刺激物はとらないように心がけています」
優しい語り口ながら、松本さんははっきりと言った。
量より質を重視する松本さんは、地元の食材を使うことを大事にしている。そのひとつが、富山湾で水揚げされるホタルイカだ。3〜5月の期間限定メニューとして、ホタルイカの天ぷらや辛子酢味噌和え、沖漬け、しゃぶしゃぶなどを提供している。
ホタルイカと旬の素材をコラボレーション
料理人歴30年の松本さんは、ホタルイカの魅力を熟知している。
「富山では定置網でホタルイカを漁獲するので、傷が少ないのが特徴です。また、漁場から漁港までの距離が近いので鮮度も抜群。漁獲時期は産卵期を迎えているため、魚体が大きく、脂肪をたっぷり蓄えているんですよ」
そう話す彼が考案したのは、同じ時期に旬を迎える新ジャガイモやタケノコ、ワラビ、芽キャベツ、ミニトマトと組み合わせた前菜だ。ホタルイカは、茹でてから軽く焼き、ジェノベーゼで香りづけ。余計な味をつけず、素材と形を最大限に生かすことにこだわった。「蛍烏賊と新じゃがのサラダ〜穂のかな燻製仕立て〜」という料理名どおり、最後に魚介類と相性の良いりんごチップで軽く燻すことで、独特の臭みをなくしているのも特徴だ。燻製の際に食材を覆う透明な器が一瞬真っ白になるのも、料理への期待感を高める効果的な演出である。
おいしさを届けるために、日々進化
「富山の魚は、日本一だと思っています。魚がふくよかに育つ恵まれた地形だけでなく、漁師さんの魚の扱いがすごく丁寧なことも、おいしさの理由といえるでしょう。いい状態で仕入れられるので、料理人もいい仕事ができるのではないかと思っています」と話す松本さん。素材のおいしさを生かすために、休日もアンテナを張って情報収集に励んでいるという。「メディアやコンビニエンスストア、ファミリーレストランなど、あらゆるところに仕事のヒントがあります」と、時代のトレンドやニーズにも敏感だ。
お客様においしい料理を提供したいと日々精進する根っからの料理人である松本さん。今日も先代の味を守りながら、進化を遂げていく。
※こちらのメニューは、通常提供されておりません。
※磯はなびでは、常時マスク及び手袋を着用の上、調理しております。