富山が誇るきときと漁師&料理人 ウマヅラハギ

ふくれっ面のおちょぼ口、きょとんとした目が面白いウマヅラハギ。地元富山では“マルハギ”と呼ばれているカワハギに比べやや細長い体形と、馬を連想させる面長の顔立ちが特長です。ウマヅラハギは、海底から中間層を群れで泳ぎ生息しています。旬は秋から冬。さっぱりと上品な中に、甘み・旨味もある白身と、口の中で溶けるほどの濃厚な肝で、刺身・鍋・煮付けにすると美味です。

漁師 浜多虎志

丁寧に、慎重に、一つ一つの行程をこなしていく。
浜多さんは、そんな漁師だった。

定置網漁を終えた第二魚水丸が港に着いたのは、予定の時間から1時間以上遅れてだった。船上で急遽、網の修理を行っていたという。港のカモメたちが、早く早くと言わんばかりにけたたましく鳴き始める。
この日獲れた魚は漁師たちの手によって水揚げされ、魚種ごと、サイズごとに素早く選別されていく。そんな中で船に残り、魚の入った籠をワイヤーで引き上げる作業を特に丁寧に、慎重に行っている男がいた。それがこの日の取材相手である、浜多虎志さんだ。
「ウマヅラハギをはじめとしたカワハギ類って、その形も関係しているんでしょうが、籠の中で他の魚に傷を付けてしまいやすいんです。籠に大量に入れすぎることも、傷が付く一因になる。だから私は、その辺りを見極めながら作業することを心がけています」
水揚げ一つ取っても、極めて繊細な作業が求められることを知った。

フグにも匹敵する味わいのウマヅラハギ。
それが「如月王(きさらぎおう)」。

ここで、ウマヅラハギの中でも特に質の高いブランド魚「如月王」に関し触れておきたい。富山湾で獲れるウマヅラハギの約半分は魚津港で水揚げされており、魚津市や魚津漁協などが一つになってウマヅラハギのブランド化を推進している。そんな中、文字通り2月ごろに魚津漁港で水揚げされる体長25㎝以上のウマヅラハギに「魚津寒ハギ如月王」というラベルを貼っているわけだが、もちろん単に大きいだけではない。漁獲後すぐには捌かず、しばらくは生け簀等に入れ安静にさせておく。ストレスなどにより、ウマヅラハギの中の旨味成分が損なわれないようにするためだ。その上で活〆脱血処理を行い、高い鮮度を保持。さらにHACCP手法に準じた衛生管理を厳格に行った上で、全国へと出荷している。
フグにも匹敵するという味わいは、ウマヅラハギそのものの質の高さと、それを守る丁寧な行程から生まれている。当然、浜多さんもそれに一役買っていることになる。

“富山の魚の質の高さに、甘えすぎてはいけない”
という発想。

「誤解を恐れずに言うと、私たち富山県で漁業に携わる者たちは、富山の魚に甘えすぎてはいけないと思っています。富山の魚は質が高い。それは誰もが認めるところです。だからといって、獲って終わりじゃ漁師として不十分ではないでしょうか。そんな思いがあるからこそ私はできるだけ魚に傷が付かないように扱うなど、様々なことに配慮しています。
魚そのものの美味しさに満足することなく“どうすれば、美味しさや鮮度を保てるか?あるいは保つだけでなく、向上させることができるか?”を追求したい。そんな漁師でありたい。私はそう思っています」。
ウマヅラハギをはじめとした富山の魚全てへの愛情が、浜多さんの作業一つ一つへのこだわりへとつながっている。

料理人とのコミュニケーションがもたらす、
富山の魚への飽くなき追求。

また浜多さんは、料理人とのコミュニケーションも重要視しているという。
「だって、当然ですよね。美味しく食べてもらいたいという思いで獲った魚がどんなふうに調理されていくのか、そしてお客様はどんな顔をして召し上がっているのか、気になって気になって仕方がありません。料理人とのコミュニケーション、情報交換等によって漁師マインドも刺激されるし、料理人の方々にとっても、新たな料理を開発するきっかけになることもあるみたいです。お互いの向上心を高めるためにも、大切なことですね」

ちなみに、浜多さんのお祖父様は、紅ズワイガニ漁を行うための「竹製のかに籠」を発明した故浜多虎松氏である。
それまでの常識や先入観にとらわれず、貪欲に新しいものを追求する姿勢は、血筋なのかもしれない。

料理人 下條貴大

富山だから、上質な魚を新鮮なうちに調理できる

2020年1月、富山市岩瀬にオープンした「GEJO」は、フレンチのような和食を提供し、締めに鮨を握るという独自のスタイルを持つ鮨店である。同店のオーナーシェフを務める下條貴大さんは、富山で生まれ、県内の居酒屋や寿司店、フランス料理店などで修業を積んだ。独立起業前には、フランスやイタリア、スペインなどをめぐって富山の食材や伝統文化を広める活動をし、ブルガリアではプライベートシェフを務めるなどして見識を広げた。そんな彼が大事にしていることは、富山産の魚を使うことである。
「富山の魚はかなり質が高いと思います。立山連峰の雪解け水によって豊かな栄養が注がれ、日本海固有水や対馬暖流が流れ込むという富山湾独特の地形も、上質な魚が獲れる理由の一つだと思います。また、生産者との距離も近いので、質が良いものを新鮮なうちに手に入れられるのも富山の良さですね」と、料理を通して富山の魚の魅力を伝えている。

ウマヅラハギが春と出会い、新たな風味に

富山湾の冬を代表する魚の一つ、ウマヅラハギは、フグに引けを取らない風味を持つという。「好きな生春巻きを使って、誰も作ったことのない、身体に優しいウマヅラハギの料理を作りたい」と、既成概念にとらわれず自由な発想で考案したのが、「No Border(ノーボーダー)」という名の料理だ。冬が旬のウマヅラハギや、春を先取りした西洋菜花をはじめ、鴨頭ねぎ、エゴマの葉、レタス、赤からし菜、湯葉などを生春巻きで包み、土に見立てた干し葡萄や、人参や菜花のピューレを添え、柚子で香りづけすることで、雪の中に春があるような風情を演出。器は越中瀬戸焼と、湯葉以外はすべて富山県産で構成されている。ウマヅラハギの淡白な旨味と肝の濃厚な味わいに、野菜のみずみずしさが加わり、新しい感覚の風味や食感が口に広がる。また、あえて切り方を変えたり、湯葉と組み合わせたりと、ウマヅラハギの多様な風味と食感を楽しめるよう工夫されているのも特徴だ。

県を超え、海を超えて、富山の良さをPR

小学6年生の時、好きな女の子にチャーハンを作ったら、すごくいい笑顔が返ってきた。それが、下條さんの料理人としての原点である。夢を叶えた彼は今、休日には日本酒とワインに合う食材を探すために富山の生産者に会いに行くなど、料理が頭から離れることはない。時折、神社めぐりを楽しむのも、「その地域の歴史を知らないと、料理を作ることはできない」からだ。
「富山の観光大使のような存在になって、これからも富山の食材と生産者を広めていきたいです」
富山の魚で客人をもてなす県外でのイベントや、イタリアやイギリスなどで鮨を握るイベントなど、PR活動もグローバルに展開していく予定だという下条さん。今後の下条さんの活動と活躍から目が離せない。