富山が誇るきときと漁師&料理人 ブリ

縁起のいい出世魚、ブリ。富山を代表する冬の郷土料理「かぶら寿司」にもブリが使われ、お歳暮や正月のおせち料理として多くの県民に愛されています。もちろん、刺身やしゃぶしゃぶ、ブリ大根、照り焼きにして楽しむことも。思い思いに料理できるという点でも、富山湾の王者と言えるかもしれません。

漁師 門島睦広

この日「ゼロ」だったブリの水揚げ本数の中から
見えてきた、富山湾のブリの稀少価値。

「ブリ漁の漁師っていうのは、いないんですよ。私たちは、定置網漁の漁師なんです」開口一番、そう言われた。
その人の名は門島睦広さん、44歳。23歳の時から20年以上に渡って定置網漁を行っている、とやま市漁協の漁師だ。
一般的に富山県でブリと言えば“氷見”を思い浮かべる方が多いと思うが“富山県のさかな”としてブリを捉えることもできる。冬に向け産卵のため南下してきたブリが能登半島という“壁”にぶつかり、その結果富山湾全体を回遊するという動きをとるからだ。ある意味、富山湾全体がブリの住処になっているとも言える。
この日、港に門島さんの船が戻ってきたのは午前4時20分。水揚げのほとんどはウマヅラハギで、ブリは残念ながらゼロだった。しかしそれを確認した門島さんは「暖冬だったけれど、まあ、遅い冬が来たということかもしれない」と呟いた。先日まで水揚げの大半を占めていたスルメイカから、富山の冬を代表する魚種のウマヅラハギに切り替わったからだ。「いくらブリの取材に来るからと言って、ブリに“網に入っておくように”と命じることもできませんしね。私たちは自然が相手の仕事。こんな日もあるから、富山湾のブリには価値があるんです。でもこの感じなら、今日は“からブリ”だったけれど、明日だったら獲れてたかもしれませんね」と門島さんは笑った。

しっかり準備する。道具を大切にする。
それが、定置網漁の成否を左右する。

定置網漁とは、比較的水深の浅いところを泳いでいる魚をターゲットに網を張って捕獲する漁法のこと。ブリやイカ、カワハギ、アジなどが主な対象となる。
門島さんの船「第三十六 豊丸」は、深さ80m、幅80m、長さ130mの巨大な網を使い、定置網漁を行っている。
「海への網の置き方にも先人から受け継がれた技術があるわけなんですが、逆に言うと網さえ置いてしまえば、定置網漁はラクな仕事とも言えます。でもそこに、若い漁師は勘違いしちゃうんですよ」と門島さんは言う。
「定置網漁は、網やロープをはじめとした漁具の準備や補修の工程が、本当にたくさんある仕事なんです。ただ、しっかり準備したからと言って必ず大漁というわけでもないため、だんだん手を抜く者も出てくる。でもそうすると、ほぼ確実に何らかのほころびが結果にあらわれてきます。だから、どんな時でも道具を大切にし、しっかり準備し続けることが、本当に大事。それを継続できない人は、結局漁師から脱落していくことになりますね」
その瞬間、門島さんの視線が少し鋭くなったように感じた。

家族との時間が、しっかり持てる。
定置網漁の漁師は、幸せな仕事。

門島さんに、定置網漁の漁師になってよかった点を伺ってみたところ「家に帰れること。そして、家族との時間を持てることです」という、ストレートな答が返ってきた。
門島さんには、中学2年生、小学6年生、5歳の3人のお子さんがいる。「私たちの仕事は深夜から午前中が中心ですから、午後からは割と自由な時間があるんです。それに基本的には日曜も休漁ですから、できるだけ子どもたちと一緒に過ごすようにつとめています。学校行事なんかにも積極的に参加してますよ」
と門島さんは言う。確かに漁師と一言で言っても、何日も家に戻ってこれなかったり、家族との時間を持ちにくかったりというケースも少なくなかろう。その点、漁場に近い富山湾の定置網漁の漁師は恵まれているという。
また定置網漁には、昨今問題となっている魚の“乱獲”からも一線を画す、極めて環境にやさしい漁法という側面もある。定置網であるがゆえ、魚を追いかけ回して獲りすぎることもないからだ。
地球や海に対しやさしい時間を生業としている門島さん。そのやさしさが、家族へのやさしさという形にもあらわれているのかもしれない。

富山湾のブリは、他とは違う。
それは自信を持って言える。

最後に「富山湾のブリと、他のブリとの違い」に関し、門島さんに伺ってみた。「仮に、見た目はソックリな富山湾のブリと、他のブリがあるとしますよね。でも私は“富山湾のブリは絶対に負けてない”と自信を持って言えます。脂の甘さが全然違います。あと、北のほうから南下してきている上に富山湾内をグルグル回遊していることもあり運動量が違いますので、身の締まり方が段違いなんです。それに3,000m級の立山連峰から富山湾に伏流水が注ぎ込んでいるわけですから、水もいい。さらに、富山湾はプランクトンも豊富です。これだけの好条件があるわけですから、富山湾のブリが美味しくないはずはないんです!」門島さんは、誇らしげに胸を張った。

料理人 渡辺桂司

魚そのものも、魚屋の情報もキトキト

「オークスカナルパークホテル富山」1階にある「ユーロカフェ エヴー」は、西洋料理のカフェレストラン。「富山の魚は、新鮮かつ上質で種類が豊富なところが魅力です。希少な魚もとれ、加工品もバラエティ豊か。魚屋からは、「今こんな魚が上がってます」とタイムリーな情報が入ることもしばしばで、情報も新鮮です」そう話す渡辺さんは、同店で洋食やイタリアン、フレンチ、スペイン料理などを担当している料理人だ。同ホテルの総料理長である父親の影響を受け、中学2年生の時に料理人を志し、夢を叶えた。兄・姉も飲食関係で働いているため、全員が揃った時には料理の話で盛り上がるという。
渡辺さんが日頃よく使う魚は甘エビ、カワハギ、シロエビなどで、ブリはあまり使わないが、「富山のブリは質が高いから、生でもボイルでも煮ても焼いても揚げても美味しい。料理人としては本当に有難い、懐の深い食材だと思いますね。料理人の好奇心を揺さぶってくれる、チャレンジしがいのある魚だと思いますよ」と高く評価している。

ブリが、新たな郷土料理へ

渡辺さんが働いている厨房には、和食の料理人もいる。日頃慣れ親しんでいないブリを使うにあたって、その料理人から和食の技法を教わった。そうして生まれたのが、「ブリのグリエ 大根のコンソメ煮添え」だ。
「富山の食材とともに富山の郷土料理もいつまでも持続し、さらに広まるようにという思いを込めて作りました」と、古くから富山県民に親しまれているブリ大根をイメージした逸品である。
通常のブリ大根との大きな違いは、生姜と柚子で香りづけしたブリを軽くグリルすることで、洋風らしさをプラスしているところ。しっとりとした食感と半ナマの美味しさを楽しめる。そのブリを支える大根のコンソメ煮と相性が良いのは言うまでもない。また、紅心大根やラディッシュなどいろいろな種類の大根を使ったサラダで、ブリのウロコを表現している点もユニーク。焼いたブリと煮た大根が融合した和洋折衷の新しい味わいは、ワインにも日本酒にもよく合う。

休日は、家族だけのシェフになる

「昔から料理が趣味で」と話す渡辺さんは、中学生の頃から友人にスパゲッティなどを作っていた。今も自宅では、家族に料理を振舞うことが多い。この前はタコスを手巻き寿司のようにして楽しめるよう、数種類もの具を作ったという。「みんなで美味しいものを食べている場が好きで。それが自分の作ったものだったら、なおさら嬉しいんですよね」と微笑む。料理を作るだけでなく、料理番組や料理動画を見るのも、渡辺さんにとっては幸せな時間。オンオフという垣根を超えて、料理を「好き」と思う気持ちに勝る原動力はない。これからも飽くなき好奇心と追求心で、新しい料理を開拓してくれそうだ。