富山が誇るきときと漁師&料理人 シロエビ

シロエビは、主に水深100~300mの海域に生息。体長約6cm、透明感のある淡いピンク色であることから“富山湾の宝石”と称されています。富山湾はプランクトンに恵まれており、シロエビの格好の餌場ともなっている新湊沖、岩瀬沖、水橋沖の3カ所が主な漁場。生でも、揚げても、すり身でも、料理の仕方によってまったく異なる味わいが楽しめます。

漁師 野口和宏

全ての作業が静かに進んでいった、
正㐂丸(しょうきまる)のシロエビ漁。

大きな声は聞こえてこない。みな熟練した漁師だからであろう、一つ一つの工程が静かに、丁寧に、確実に進んでいく。そのような印象を受けたシロエビ漁に同船した。
船頭の名は野口和宏さん、42歳。正㐂丸の漁師たちは、野口さんの指示のもとに全ての動きを行う。漁はチームプレイだから、個々が勝手に判断して行動することは許されない。単に不漁という結果をもたらすだけでなく、場合によっては生命の危機にも及ぶからだ。漁師たちは適度な緊張感を持ちながら、時を待ち、網を海に降ろし、必要な作業を行い、指示のもとに動く。そして最後に、シロエビのギッシリ詰まった網を引き上げる。
豊漁だと漁師たちの顔はほころぶものの、必要以上に一喜一憂することを避けているのか。むしろ、シロエビ以外に獲れてしまった太刀魚などを網から外す作業に余念が無い。太刀魚などは再び海へと放されるため、それを狙うカモメの鳴き声ばかりが耳に響く。

穏やかな語り口が、却って説得力を感じさせる。

この日2回目の漁を終えてから、ようやく野口さんとしっかり話すことができた。
「大学を卒業する時は漁師になる気は全く無かったので、就職してサラリーマンになったんです。でも30歳の時に会社を辞め、漁師になりました。父も祖父もシロエビ漁師だったので、今になって思うと当然の流れだったのかもしれませんね。就職直前の時期に父から“漁師の息子が船も扱えないんじゃ、格好がつかんだろ。船舶の免許くらい取っておいたらどうか”と言われ、その時に船舶2級免許を取りました。父は平成27年に他界したんですが、今考えると、就職する時点で既に今の私の姿を見越していたのかもしれませんね。」
まるでビジネスマンであるかのように、野口さんの語り口は穏やかで理路整然としたものだった。

シロエビ漁における全ての工程が、真剣勝負。

シロエビ漁の具体的な方法に関し話を聞くと、途端に目の色が変わった野口さん。素人にも分かるように絵を描きながら漁法を教えてくれたのだが、特に印象的だった言葉があった。
「どのタイミングで網を降ろすか、どこに降ろすか、どのくらい広げるか、どの程度の深さにするか、そして最後に、いつ引き上げるか…これら全てが漁の成否を左右するんです。さらに天候や風向き、季節や暑さなどによっても微妙に変わってくる。でも船頭は、それを自分で判断して皆に指示しなければならない。」
「漁師としての技術は学ぶというより、見て盗むものです。私も父の漁を見ながら、少しずつ出来るようになっていきました。でも本当に凄い漁師は、船のエンジン音の違いによってもその日の状況を判断するって言います。自分はまだその域には達していないけれど…。」
「網は漁師にとって“命”です。大切に、丁寧に扱わなければならない。だから網を雑に扱う奴は、容赦無く叱りつけますよ。」
静寂を切り裂くような野口さんの怒声…、さぞ凄いものであろう。

富山湾そのものが、私たちのプライド。

野口さんはシロエビや富山湾という存在を、どう捉えているのだろう。 「シロエビって、回遊魚じゃないんです。ずっと富山湾にいる。富山湾にいてくれる。だから富山湾そのものが価値であり、プライドであり、私たち漁師にとって守るべき存在であると考えています。感謝の念を持って漁を行い、美しい富山湾を次世代へと引き継いでいかねばならない。私は、そう考えています。」
野口さんには息子さんがいるのだが、最後に「息子さんを漁師にしたいですか?」と尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「まあ、本人がやりたいって言えばね。」
そう言った時の笑顔が、この日一番の笑顔に見えた。

料理人 川原温奈

調理のしがいがあるシロエビ

「とやま自遊館」の和洋レストラン「シャトー」では、一年を通してシロエビを提供している。「富山の魚は新鮮。シャトーでは、ほぼ県産の魚を使用しています。なかでもシロエビは、生や焼きなどどんな調理法でも美味しく仕上がる食材です」。そう話す川原さんは、同店で洋食を担当している料理人だ。独自の発想や優れた技術力で、素材を新しい料理に変える。2019年には、県内の若手料理人が腕を競うコンテストで、2年ぶり3度目の最優秀賞を獲得した。
川原さんの1日は、午前9時から始まる。ランチの準備に取りかかり、11時30分からはオーダーに対応すると同時に宴会場の仕込みも行っていく。ランチタイムが終わり、休憩をとった後はディナーのオーダーに対応していく。シロエビはランチのパスタやサラダ、ディナーのオードブルに使うことが多い。

ずっと愛でていたい、シロエビのお花畑

日頃から慣れ親しんだ食材を使って考案した逸品は、シロエビのムース、シロエビのタルタル、シロエビの甘酢のマリネがひとつになった「白エビのシャン・ド・フルール」。
「いろいろな調理法を使うことにこだわりました」と、ムースは蒸し、タルタルは生、マリネはボイルによって素材の良さを引き出している。食感もプチプチ、シャキシャキ、ツルリと実に多彩で、さわやかな酸味や清涼感、磯の風味など、これまでに体験したことのない味が口の中に広がっていく。そのままでも美味しいが、横に添えられたグリーンピースのマヨネーズをつけても美味しい。
「新しいメニューを考えるときは、見た目のイメージから入り、そこから具体的に考えていきます。今回は、お花畑が浮かんできました」と川原さん。その言葉どおり、フランス語で「お花畑」という意味を持つ「シャン・ド・フルール」は、ピンクやイエローの食用花が散りばめられ、箸で崩すのがもったいなくなるほど可愛らしい。

新たな料理は、一人の時間から生まれる

中学時代からバスケットボールを続けている川原さん。休日は、社会人バスケットボールチームでプレーをする日もあるが、大半は海沿いや公園を散歩したり、カフェでお茶をしたりと、一人で過ごす時間を大切にしている。休日に仕事のことはまったく考えないそうだが、「メニューを考えているときも、調理をしているときもすごく楽しいです。特に完成間近がワクワクしますね。料理人になってよかったです。」と微笑む川原さん。これからも、富山生まれの食材を生かして、未知なる料理を生み出してくれそうだ。